広島高等裁判所 平成3年(ラ)29号 決定 1991年9月30日
抗告人 甲野花子
右代理人弁護士 高村是懿
相手方 乙山一郎
右代理人弁護士 新谷昭治
同 前川秀雅
主文
本件抗告を棄却する。
理由
一 抗告の趣旨及び理由
本件抗告の趣旨は、「原審判を取り消す。本件を広島家庭裁判所に差し戻す。」との裁判を求めるというものであり、その理由は別紙準備書面記載のとおりである。
二 当裁判所の判断
1 抗告理由第一点について
抗告人は、本件遺産分割に当たっては、分割の対象となる原審判添付別紙遺産目録(1)ないし(3)記載の土地、建物(以下、(1)記載の土地を「本件土地」、(2)記載の建物を「本件アパート部分」、(3)記載の建物を「本件居住部分」、(2)、(3)記載の建物をあわせて「本件建物」、(1)ないし(3)記載の土地建物をあわせて「本件土地建物」とそれぞれいう。)を現物分割すべきであり、これによることなく競売を命じた原審判は取り消されるべきである旨主張する。
確かに、抗告人の主張するとおり、遺産分割に当たっては現物分割が原則であり、これが容易に可能であるのにこれによることなく換価分割を命じることは相当ではない。しかし遺産に属する財産の性質、形状、利用の状況等により現物の分割が困難である場合、現物分割によって著しく財産の価値を損する虞のある場合、相続人の全員が換価分割もやむなしとの考えである場合等には、換価分割も許されると考えるのが相当である。
これを本件について見るに、一件記録によれば、(一) 本件アパート部分と本件居住部分とは登記簿上は別個の建物のように見受けられるが、実際には一体となった建物であり、これを現物分割しようとすると、建物の一部を取り壊さなければならず、本件アパート部分には借家人が居住していること、建物の一部を取り壊しこれを別個独立の二つの建物に分割するには少なからぬ費用がかかること等を勘案すると、右現物分割は不可能ではないにしても、かなりの困難が伴うこと、(二) 本件土地の面積は一六二・九七平方メートルであるところ、これを二分して細分化することは、これを一体として売却する場合に比べ、土地利用の用途が限定されること等から土地の価値が低減してしまうこと、殊に本件土地の南側は北側に比較して立地条件が悪く、その上南側土地上の建物には借家人が居住しており、本件土地の南側を取得する者の方が不利益となること、右不利益を解消するためには、本件土地の南側を取得する者に、広い面積の土地を分割する必要があるところ、右分割方法を採用すると、場合によっては、現在抗告人が居住している部分の敷地部分まで本件土地の南側の分割を受ける側が取得することになる可能性があるところ、かかる分割方法は建物の取壊し等複雑な問題が生じ、実際的ではないこと、こういうこともあってか、当審で現物分割の方法を模索するも、結局、当事者双方の合意を得ることはできなかったこと、(三) かといって、抗告人及び相手方とも、自分が本件土地建物を全部取得し、差額を債務負担の方法で調整するだけの資力はないこと、(4) 相手方は本件土地建物の競売による換価分割を望んでおり、一方、抗告人は当審で本件土地建物の現物分割を主張するが、もともと、本件土地建物を第三者に売却し右売却金を当事者双方で折半する案を提案したのは抗告人であり、同人は、調停、審判を通じ一貫して換価分割についてはこれを了解しており、ただ、売却の時期、方法について異論があったにすぎないこと、したがって、当審での現物分割の主張も、その真意は、現段階で第三者に売却することには反対だが、結局は本件土地建物の価額等に照らし遺産分割の具体的方法としては換価分割しか方法がなく、右方法によることもやむを得ないという点にあると解されることがそれぞれ認められる。
以上の事実によれば、本件建物の現物分割は不可能ではないにしても、かなりの困難が伴うこと、本件土地の現物分割はこれを一括で売却することに比較してその価格を損する虞があること、本件土地建物については相手方は換価分割を希望し、抗告人も換価分割もやむなしと考えていると解されること等諸般の事情を勘案すると、本件は換価分割も許される事案と考えるのが相当であり、この点に関する抗告人の前記主張は理由がない。
また、抗告人は、本件土地建物の現物分割が不可能であるとしても、任意売却をすべきであり、これによることなく競売を命じた原審判は取り消されるべきであると主張する。
そこで検討するに、そもそも本件では、共同相続人の一人である相手方が競売による換価分割を望む意思表示をしているから、右任意売却を命ずる審判はなし得ないものであり(家事審判規則一〇八条の三第一項但書)、一件記録によれば、抗告人及び相手方とも、自分の方での売却を望み、互いに相手の側による売却には強く抵抗し、結局任意売却による換価は不可能であったため、原審判はやむなく本件土地建物の競売を命じたことが認められる。そうだとすると、この点に関する抗告人の主張も理由がない。
2 抗告理由第二点について
抗告人は、本件アパート部分から得られる賃料の内、昭和五六年九月二八日から七年間分については抗告人においてこれを取得する旨の合意が相手方との間に成立していたのに、これを無視し、右賃料部分をも遺産の対象にした原審判は取り消されるべきである旨主張する。
一件記録によれば、確かに、昭和五六年三月ころ、相手方と抗告人との間で、抗告人が本件居住部分に住み、本件アパート部分から得られる賃料七年間分を抗告人において取得してよい旨の合意が成立したこと、しかし、右合意の際、同時に、抗告人が右七年間の賃料を得る見返り等として本件土地建物は全て相手方において単独取得する旨の合意が成立し、右各合意は一体をなしていたこと(抗告人において賃料七年分を取得してよいとの合意だけが成立したと考えることは、右合意は相手方にとって一方的に不利益な条件であり、抗告人に特別の寄与等が考えられない本件にあっては、通常では考えられず、右賃料の取得と同時に本件土地建物についての帰属についての合意が同時になされたと認定するのが相当である。以下前記両方の合意をあわせて「本件合意」という。)、相手方は本件合意に基づき、抗告人において七年間の賃料を取得後の昭和六三年一一月八日に、本件土地建物を相手方に分割せよとの遺産分割の調停を申立てたところ、抗告人は本件合意は御破算になっているとして本件合意に従う意思はないとの態度を示したこと(平成元年三月七日の調停期日)、相手方も本件合意を証する書面がないこと等から右合意の主張を撤回し、法定相続分どおりの分割を求める主張に変更したことが認められる。
以上によれば、本件合意は、抗告人が本件合意は既に解消しているとの態度を示し、また、相手方も本件合意の主張を撤回することにより、有効に解除されたとみうるし、また、本件合意のうち、本件土地建物は全て相手方において取得するとの合意部分を否定し、賃料取得の合意部分のみを主張することは、信義に反し許されないと解するのが相当である。そうすると、前記七年間分の賃料の取り分の合意だけが未だ有効であるとして、右七年間の賃料を本件遺産の対象から除外すべきであるとの抗告人の前記主張は採用することができない。
また、抗告人は、本件アパート部分の管理人として賃料の催促、徴収等の管理業務を行ってきたものであるから、少なくとも賃料の一割は管理費として認められて然るべきであると主張する。
確かに、本件アパート部分から得られる賃料収入を算定するに当たっては、抗告人の主張するとおり同人の前記アパート部分に対する管理業務の対価を控除すべきであると考えるが、一件記録によれば、右対価を控除してもなお、前記アパート部分から得られる賃料の純然たる利益は一〇〇〇万円を下らないと認めることができ、この点に関する抗告人の主張は理由がない。
3 抗告理由第三点について
抗告人は、本件居住部分の使用利益については、本件アパート部分から得られる賃料と同様、七年間は抗告人が無料で使用してよい旨の合意が成立しており、これを無視し、右使用利益を資産の対象にした原審判は取り消されるべきである旨主張する。
しかし、既に前記2で判断したとおり、本件居住部分の使用を含む昭和五六年三月ころ成立した本件合意は、有効に解除されたとみうるし、また、本件合意のうち、本件土地建物は全て相手方において取得するとの合意部分を否定し、本件居住部分に無料で居住してよいとの合意部分のみの有効性を主張することは、信義に反し許されないと解するのが相当である。そうすると、本件居住部分に七年間無料で居住してよいとの会意だけが未だ有効であるとして、本件居住部分の使用利益を本件遺産の対象から除外すべきであるとの抗告人の主張は採用することができない。
更に、抗告人は、本件居住部分に住んでいるのは、本件アパート部分を管理する必要上居住しているのだから、自己のための使用収益とはいえないとも主張する。
しかし、一件記録によれば、抗告人は、単に本件アパート部分を管理するためだけでなく、本件居住部分を自己の家族の生活の本拠として使用してきていることは明白であり、そうだとすると、抗告人は本件居住部分を自己のために使用収益していると解することができ、この点に関する抗告人の主張も理由がない。
4 抗告理由第四点について
抗告人は、香典も遺産の対象に含めるべきであると主張する。
そこで検討するに、香典の基本的性格は葬式費用の一部負担と考えられる。そうだとすると、香典は喪主に贈られたものと解するのが相当であり、相続財産と解することは困難である。したがって、本件においては、乙山太郎、乙山春子の各喪主を務めた相手方が、香典を第一次的に葬式費用に充当し、次いで法事等の祭祀費用に充てることができると解するのが相当である。そして、一件記録によれば、相手方は、香典を葬儀費用、法事等の祭祀費用に消費してしまっていることが認められる。以上から明らかなとおり、香典も遺産の対象に含めるべきであるとの抗告人の主張は理由がないというべきである。
また、抗告人は、葬儀費用を遺産から控除し、他方、香典を遺産の対象に含めないのは不公平な措置であるとも主張する。しかし、そもそも前記認定のとおり香典は遺産の対象となるものではなく、また、一件記録によれば、相手方は、原審判添付別紙遺産目録(6)記載の乙山太郎名義の預金は、太郎から葬儀費用に使用するようにといって預けられた預金であること、太郎が、春子の死亡を知っていたならば、自らが喪主となり、右預金から葬儀費用等を支出したと考えられること、相手方は、太郎の指示通り、前記預金を使用したこと、前記認定のとおり香典は葬儀費用、法事等の祭祀費用として費消されてしまっていること等の事実が認められるのであり、これら諸般の事情を勘案すると葬儀費用を遺産から控除し、香典を遺産の対象に含めない措置が不公平な措置であるとは必ずしもいうことはできない。よって、この点についての抗告人の主張も理由がない。
5 結論
以上の次第で、原審判は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 山田忠治 裁判官 佐藤武彦 難波孝一)
<以下省略>